アトピーの痒みはなぜ慢性化するの? |
- ●痒みの研究が進化している
- 痒みを直接抑えることができる薬は今のところ存在しません。現在、アトピー性皮膚炎の治療に使われている薬は、皮膚の炎症を抑えるためのものだからです。薬で炎症を抑えた結果、痒みも治まってくるわけです。
痒みに直接アプローチする薬が存在しないのは、今までのアトピー研究において、皮膚を対象としたものが主流だったためと考えられます。痒みそのものに関する研究は少なく、痒みを感じる仕組みもほとんどわからなかったのです。
ところが近年では、痒みを伝える神経に着眼した研究が増えてきて、様々なことがわかってきました。「痒み」はこれまで「弱い痛み」と考えられていたのですが、ここ6〜7年で、痒みだけを起こす物質や、痒みだけを伝達する神経回路などが次々と発見されました。
- ●痒みを感じる メカニズム
- 痒みを伝える物質でよく知られているのは、GRP(ガストリン放出ペプチド)と呼ばれるタンパク質。脊髄の中にGRPがたくさん出ると痒くなることがわかってきました。
その仕組みを簡単に説明しましょう。皮膚からの痒みシグナルが神経に伝わるとGRPが出て、他の神経に発現しているGRPR(GRPの受容体)にくっつきます。それが次の神経細胞(ニューロン)に情報を伝え、さらに複雑な回路を経て脳に達することで痒みを感じます。
GRPとGRPRの発見によって痒みの研究は一気に進み、痒みを感じる仕組みの一端が見えてきました。ただし これは急性の痒み(様々な要因で日常的に感じる一過性の痒み)のメカニズムで、アトピー性皮膚炎などで痒みが慢性化した場合はどうなるのでしょう?
痒みは本来、皮膚に侵入しようとする異物を知らせ、掻くことで除去するという自己防衛反応と考えられます。このような正常な痒みは短期的に治まってしまいます。
しかし、アトピー性皮膚炎などの 慢性的な痒みにおいては、過度に 掻くことで皮膚炎が悪化し、さら に強い痒みを感じてしまうという 悪循環に陥ります。慢性化した病 的な痒みには、急性の痒みとは違っ た仕組みがあるのでしょうか? これから紹介する研究は、どのよ うなメカニズムで痒みが慢性化す るのかを明らかにしようとするも のです。
- ●慢性の痒みには 別のメカニズムがある
- 九州大学・津田教授らの研究チームは、アトピー性皮膚炎のモデルマウス(以下、アトピーマウス)を使って実験を行いました。
グラフAをみてください。アトピーマウスの痒み行動(引っ掻く回数)は週齢を重ねるごとに増えていき、15週間も経つとほぼピークに達します。生後15週のアトピーマウスの毛をそって皮膚を観察すると、引っ掻き傷だらけで人のアトピー性皮膚炎とそっくりな状態です。
通常の痒みでは、脊髄の中にGRP(ガストリン放出ペプチド)が出て神経活動が高まります。アトピーマウスでも同じことが起こっていて、脊髄後角の神経細胞(ニューロン)が活性化します。
次に、人為的にGRPを投与するとどのような変化が起こるかを調べました。すると、アトピーマウスも正常なマウスも痒みが増し、激しく掻くようになりました。このときのマウスの状態を30分間観察したものがグラフBです。正常なマウスは100回弱ぐらい掻いていましたが、アトピーマウスはその2倍以上掻いていることがわかります。これは、アトピーマウスでGRPの感受性が高まっていることを示します。
ここで予測できるのは、アトピーマウスのGRPもしくはGRPR量が増えているのではないかということ。そこでGRPとGRPRの発現量を調べましたが、変化はみられませんでした。つまり、何か他のメカニズムが働いてアトピーマウスの痒みが増しているのではないかと考えられるのです。