冷えとりで病が治る 第1回 |
監修:川嶋 朗(かわしま あきら) 東京女子医科大学附属青山女性・自然医療研究所・自然医療部門准教授/東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニック所長 1957年生まれ。北海道大学医学部卒業。東京女子医科大学大学院修了。ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院留学。医学博士。専門は腎臓病、膠原病、高血圧症など。東洋医学、代替医療などにも造詣が深く、統合医療に精通。『心もからだも「冷え」が万病のもと』(集英社新書)、『クールな男は長生きできない』(ORANGE PAGE BOOKS)、『すべての病は「気」から!』大和書房など著作多数。 |
- 今月から「冷えとりで病が治る」シリーズが始まります。 この連載では、誰もがかかる可能性をもつ生活習慣病を一つずつとりあげ、 毎日の生活でいかに予防・治癒していくかをお伝えします。 連載開始に当たって、監修の川嶋先生に「冷え」についてうかがいました。
- 冷えた体はどうなっている?
- ―先生は多くの著作で、「冷えは怖ろしい、万病のもとである」と主張しています。冷えた状態の体はどうなっているのでしょう?
体が冷えるのは、血の巡りが悪くなり滞ってしまっているからです。人間の体は、常に血液が循環していますよね。血液は全身を駆け巡って必要な栄養分や酸素を体中に送ります。それを受け取った細胞がたんぱく質の合成や分解、代謝を行い、同時に熱も産生します。さらに代謝によって老廃物が生じますが、それを血液が受け取って運び出します。 ところが、何らかの原因で新鮮な血液を十分に送ることができなくなると、このしくみがうまく働かなくなります。栄養や酸素が届かないと細胞は活発に働かなくなり、体の老廃物も運び出せなくなるので血管が詰まりやすくなり、血行も悪くなります。熱の産生もうまくいかないので低体温になります。
―低体温が体におよぼす影響を具体的に教えてください。
体温が低くなると、酵素がうまく働きません。人間の生命活動は実に様々な酵素の働きによって支えられていますが、代謝や免疫を司る酵素の働きが悪くなると、がん、糖尿病、動脈硬化、脂質異常症といった病気にかかるリスクが高まります。
―酵素がうまく働くために理想的な体温は?
酵素が最も活発に働く体温は38度くらいです。消化器系も循環器系も、これくらいの体温で最もスムーズに活動します。
―38度…。体がだるくなりませんか?
これは内臓レベルの体温(深部体温)です。わきの下などで計る体温はそれより少し低く、だいたい36・5~37度くらいです。普通は37度もあれば、「熱が出た」となります。でも本当は、37度で「熱が出た」とは言えないですよ。現代人は低体温の傾向があって、平熱が35度台の人もざらにいます。しかしこれは健康的な状況とは言えません。体の免疫力を十分に保ち、健康で元気な生活を送るためには、この程度の体温が必要なのです。
―ところで、アトピー性皮膚炎も低体温と関係がありますか?
あります。アトピー性皮膚炎の場合は、特に腸の冷えが問題です。冬でも冷たい物を摂ることが当たり前になった現代人は、腸が冷えてしまうことが多い。腸は免疫システムが正常に働くためにとても重要な臓器で、腸の内容物によって刺激を受けたものが全身を巡って小腸に戻ってきます。面積が皮膚の約200倍もある小腸には、全身の約70%にも及ぶ免疫担当細胞が巡っているので、腸の内容物によって免疫システムに影響が出ます。
腸が冷えれば、腸の血の巡りも悪くなり、食事で入ってきた食べ物をしっかり消化・吸収・解毒できず、免疫システムが狂ってしまうのではないかと考えています。
―「冷え」と病気の因果関係ですが、いわゆる西洋医学で重要視されるエヴィデンス(実証)はあるのですか?
残念ながら、今のところありません。しかし、様々な病気の病態生理を考察し、私自身の医学的な経験を集約すれば、「冷え」が多くの疾患、特に生活習慣病の入り口になっていることはわかります。私自身のこれまでの実感から、「冷えは怖ろしい」と皆さんに伝えずにはいられません。
- 統合医療を志した理由
- ―先生のように西洋医学から出発したお医者さんが、西洋医学にはない概念である「冷え」を重要視するようなになったのはなぜですか?
私の右足ふくらはぎには、小さい頃から血管腫がありました。あまりの痛さに耐えられなくなり、治してくれる病院を探しました。東京中の大病院をほとんどまわり、いろんな科で診てもらいましたが、どこへ行っても返ってくる返事は同じ「切ってみないとわかりません」でした。
当時私は、子役俳優をやっていました。自分で芸能界や芝居に興味があったわけではなく、親の意向でやらされていたという感じです。学校が終わるとドラマ収録に追われる日々だったので、入院して手術するわけにもいかない事情がありました。 そのとき、子ども心に思ったものです。「病院で治してくれないのなら、自分が医者になって治すしかない」と。そう決心して俳優をやめ、医者を志したわけです。 結局西洋医学では自分の足は治らず、どこへ行っても「わからない」という返事ばかり。これで西洋医学への不信感が芽生え、東洋医学にも興味を持つようになったのだと思います。
―先生は西洋医学だけでなく、東洋医学にも精通していますね。
中学生の頃、母がリウマチにかかってしまい、痛みで夜も眠れずにしくしく泣いていました。ところがある日、母は鍼治療を受けてニコニコ顔で帰ってきました。1度治療を受けただけでずいぶん楽になったそうで、その夜からすやすやと眠りだしたのです。これには驚いて、東洋医学はあなどれないと思いました。こんな経験があったため、医学部入学後も、西洋医学と平行して鍼灸や漢方薬についても研究会を作って勉強していました。
―ご自身の病気と身近な体験から、東洋医学の必要性を感じたわけですね。
実はもう一つ、大きな体験があります。医者になって10年ほどたった頃、右耳が突発性難聴になってしまいました。しばらく放置していたせいもあるのですが、これも結局治りませんでした。 このとき診てもらっていた耳鼻科の先生に「もう治らないからあきらめてください」と言われたんですね。これはきつい一言でしたよ。と同時に、「医者が患者にこんなひどいことを言う現状」を目の当たりにし、医者として非常に考えさせられました。
―「医師の心ない一言に傷ついた」という患者さんの声を聞くことは多いですね。
私が患者として持った絶望感は、アーユルヴェーダ、ホメオパシー、気功など、あらゆる代替医療を研究する原動力ともなりました。東洋医学と西洋医学、そして様々な代替医療を融合した統合医療の立場に立つ私の原点は、この頃の経験にあるのだと思います。
―先生が所長を務める東京女子医大附属青山自然医療研究所クリニックでも、冷えから来る疾患をもった患者さんは多いのですか?
そうですね。このクリニックで大勢の患者さんと接して、ますます「冷え」の怖ろしさを実感しています。体・心の病を問わず、様々な病気を考える際に大きなキーワードとなるのが「冷え」なのです。体の冷えは心に伝わり、人の心を頑なにします。逆に心が冷える(心の病)ことが、体を冷やして体のトラブルの原因となることもあるのです。
冷えてしまった心身は、まず温めることです。入浴や湯たんぽで物理的に温めたり、言葉がけやスキンシップで心を温めたり。たとえ生活習慣病の入り口に立ってしまっても、温めることでいくらでも引き返すことができるはずです。