あとぴナビ/スペシャルインタビュー |
取材・文/柿原恒介、撮影/橋詰芳房 |
PROFILE パパイヤ鈴木(パパイヤすずき) 1966年6月29日生まれ。 東京都出身。明治大学付属中野高校卒業。 高校在学中からバンドで米軍キャンプをまわり、ダンサーとしても活動。東京ディズニーランドでのダンサーを経て、振付師となる。その後バンド活動を再開し、第18回世界歌謡祭に日本代表として出場。 86年、現ソニーミュージックエンタテイメントで振付師、タップダンスのインスタラクターを務める。98年、パパイヤ鈴木とおやじダンサーズを結成。 現在ではツアー、イベント、TV出演のほか振付師、俳優、作詞作曲、アレンジャー、マニュピレーター、プロデューサーとして幅広く活躍。ダンサーの地位向上を応援するイベント「DANCE向上委員会」の会長もつとめる。 おやじダンサーズ公式サイト:http://www.oyj.co.jp/ |
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おやじダンサーズで、一大ブレイク後、持ち前の明るさとトーク力で、バラエティ番組でも大活躍中のパパイヤさん。
テレビではいつも明るいイメージのパパイヤさんですが、ブレイクに至るまでの時代には、葛藤や悩みもあったようです。
今回はパパイヤさんに夢を追い続けることの大切さをお聞きしました。
- 振付師・ダンサー:パパイヤ鈴木さん
- 『ウィークポイントはチャームポイント。ポジティブな心を持てば、世界はきっと明るく見える!!』
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「こんにちは〜!」。ひときわ大きな声で、取材場所のダンススタジオに登場したパパイヤ鈴木さん。
巨大なアフロヘア、クリッとした大きな瞳。実際にお会いすると、やはりその風貌は一目で人を惹き付けるオーラがあります。
そのオーラの源を探るべく、まずはダンスを始めたきっかけを伺いました。
「14歳の頃に、僕が歌手になりたいと言っていたら、ミュージシャンだった父に突然、「ジャズダンスをやりなさい」と、ダンススタジオに連れて行かれたんですよ。リズム感は教えられないからと。
スタジオの先生は、業界で「ミスター」と呼ばれている、とってもいい加減な名物先生でした(笑)。ジャズダンスの看板を出しているけど、やっていることはソウルダンス。リズムをとって、「はい右、はい左」と20分くらい腰を動かして「よーし」って(笑)。でも、ときどきタップダンスをチラッとやって見せる。それが気になってまんまとはまりました(笑)」。
次第にダンスの魅力に取り付かれ、昼間はレッスンに行き、高校は夜間学校に通う、ダンス中心の生活を送りました。バンド活動も始め、ライヴで米軍キャンプをまわるように。
18歳のときには東京ディズニーランドで最年少ショーダンサーにもなりましたが、歌手になるという夢に届きそうで届かない葛藤の日々が始まったのです。
- ■ 表舞台に立たなくていいのかそんな葛藤を持ち続けていた。
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バンド活動では、世界歌謡祭に日本代表として出場したものの、その後はスタッフとしての仕事が増加していきました。
CBSソニー(※)では、振付けとタップダンスのインストラクターとなり、新人発掘・育成を担当。東映のアニメキャラクターショーでは、音楽制作、NHKのイベントでは音響スタッフとして活動するなど、まさに『何でも屋』の日々を送ります。
しかし、裏方の仕事で油断したのか体重が増えてしまい、舞台役者のときは本番直前に、1カ月で30kgの過激なダイエットを敢行するなど、激太りと激やせの繰り返しにも苦しみます。
「痩せなきゃと必死だったけど、栄養を取らない無理なダイエットだったので、リバウンドの連続でしたね。仕事は、僕が何でも器用にこなせちゃうから、続々とオファーが来る。充実感はあったけど、やっぱり表舞台で活動したいという葛藤もすごくありましたね。
自分がステージに立つ機会はどんどん減っていったし。にユーミン(松任谷由実)のコンサートにダンスコーディネーターとして参加したときは、ものすごい葛藤を感じた。ステージを見て、『僕もあそこに立ちたかったんじゃないのか?』って」。
そんな中、32歳で突如、表舞台に立つチャンスがやって来たのです。
- ■ デブでもおやじでも、人を感動させるダンスはできる!
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『BrandnewDisco』
8818FUNKYDIAMOND
¥2,980(税込)
ユニバーサル・ミュージック
オリジナル曲からディスコヒットのカヴァー、LiLiCoとのデュエットまで、「ディスコ」の真髄をついたパパイヤ鈴木ざんの本格的なアルバム。亡きお母さまへの思いを綴った「決して忘れないさ」など日本語歌詞も印象的。特典DVDでは華麗なステップを堪能できます。
ウルフルズのPVに登場する太ったダンサー役をやってほしいというのです。「打ち合わせに出向いたら、スタッフみんなの目が『きたーっ』って感じで、「この人、ほんとに踊れるの?」って話になって(笑)。
で、僕はかねてから温めていた企画や思いを、ぶつけてみたんですよ。すると、みんな感動してくれて、竹内さんが僕を表台に出す計画を作ってくれたんです」。
一見、ダンサーに見えない中年の男達が必死に踊る。パパイヤさんの企画、あの『おやじダンサーズ』が、ついにスタートしたのです。メンバーは、普通の仕事をしている、ダンス好きな社会人をパパイヤさんが自らスカウトしました。
「竹内芸能企画スタッフがアイデアに賛同して、タダで僕らのプロモーションビデオも作ってくれたんです。それをサザンオールスターズの桑田佳祐さんが見てくれて、サザンのCMに起用されることになったんです」。
このCM出演で、おやじダンサーズは、大ブレイク。タレント・パパイヤ鈴木も大人気なりました。「やっと自分の居場所を見つけた気がしました。
あのとき、竹内芸能企画のみんなが、これまで誰もとりあわなかった僕のアイデアに賛同してくれたからこそ、今の僕がある。それだけじゃない。バンド、音響スタッフや作曲など、全ての活動があって、今の僕があるんです」その後、CDアルバムも発表し、歌手としての夢もいつのまにか実現したパパイヤさん。その軌跡は、夢を持ち続けることの大切さを教えてくれます。
「問題は外見じゃなくて中身の問題じゃないかって思いますよ。病気であっても同じなんじゃないかな。世間的にウィークポイントと呼ばれるのも、実はチャームポイントだったりする。だって、52歳のはげたおじさんが、派手な衣装を着て踊っているんですよ!?たまに後ろから見ると面白いんですけど(笑)。デブでもおやじでも、人を魅せることができるんです!」。
現在、パパイヤさんは毎晩お酒は飲むけど、食事はゆっくり咀嚼し、控えめに。そして、有森裕子さんらと共にランニングも始めて、少しシェイプアップしたとか。しかし、それはかつてのような過激なダイエットをするということではありません。「新しいことをすること、自分を変えることが好きなんですよ。
何か新しいことを始めると、必ずそこで新たな出会いや発見がある。これからは海外で活躍できるダンスチームを作ろうと、プロジェクトを進めています。僕は、常に変化していける人間でいたいと思っているんです!」。
あきらめずに夢を持ち続けて、生まれ変わったように人生を楽しんでいるパパイヤさん。たとえ弱気になる瞬間があっても、パパイヤさんの笑顔を思い出せば、きっと心が奮い立つに違いありません!
(※)現ソニーミュージックエンタテインメント